治水神社 薩摩義士(さつまぎし)
大きなぎせい
 40万両というばく大なお金をかけ幕府とのもめごとや工事の責任をとって切腹した者51人と病気でなくなった者33人というぎせいを出して1755(宝暦5)年に工事は完成した。平田靱負もその責任をとって自害した。平田靱負と薩摩藩士(さつまはんし)84人を祭って1938(昭和13)年に治水神社が立てられた。